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懐かしい声

 深夜のラジオで「名人芸を楽しむ」というコーナーが

ありました。主として寄席に出ている噺家や芸人の方々の

師匠を特集する番組ですが、先日は『江戸売り声漫談:

宮田章司』さんを取り上げていました。

 「バナナの叩き売り」や「ガマの油売り」は

そのまた師匠たちの時代から有名なものだと思いますが、

宮田さんは、納豆売り、アサリ売りから季節ものの

朝顔売り、定期的にやって来る薬売り「定斎屋(じょうさいや;

でもジョサイヤと発音している)」、ラオ屋(キセルの間の部分

を取り替える)など、昭和初期までの長屋で聞けていた文化の

伝承を一途になさった方でした。 それはそれは素晴らしい

声とスピード感と間合い!機会があればぜひお聴きください♪

 影山は銀座とジャズに出会う前に何年間か

「和田弘とマヒナスターズ」に在籍していましたが、

昭和のムード歌謡コーラス・グループとして売れた

このグループで全国を巡り、数々のコンサートやディナー・

ショウに出演の際に、専属司会者として帯同されていたのが

宮田さんでした。 根っからの下町っ子でいつもご機嫌な

お喋りで場を和ませ、「ヒとシが言えねんだよ」と顔を

しかめて笑いを取っていても、それを誰かにからかわれると

「tやんでい!この野郎!」とキレちゃう。😳そりゃそう

ですよね😅 ちなみに「てやんでい!」ではなくて

「tやんでい!」と、アタマの子音しか聞こえない

のが江戸弁のスピード感です。

 ゴルフの腕前はオジサンたちの中では抜けていたこと。

無類の蕎麦好き,お酒はダメでしたが、長野方面の仕事の

ついでにみんなでスキーに行った時に、好物の

アイスクリームにブランデーをちょっと垂らしたのを

「こりゃイケるね!」と喜んで赤くなっていたこと。

お客様の前での喋りは威勢がいいけれど、楽屋での

お話の時には本当に優しい笑顔だったこと。

 奥様は同じく生粋の江戸っ子で奇術師の松旭斎小天華さん

でしたが、数年前に宮田さんが亡くなった半年後に、

一回りも年下の小天華さんも亡くなっていたことを知り、

気っ風の良い仲良しご夫婦の面影も含めて、数十年前の

記憶が懐かしく蘇りました。