Blog 2026年03月02日
懐かしい声
深夜のラジオで「名人芸を楽しむ」というコーナーが
ありました。主として寄席に出ている噺家や芸人の方々の
師匠を特集する番組ですが、先日は『江戸売り声漫談:
宮田章司』さんを取り上げていました。
「バナナの叩き売り」や「ガマの油売り」は
そのまた師匠たちの時代から有名なものだと思いますが、
宮田さんは、納豆売り、アサリ売りから季節ものの
朝顔売り、定期的にやって来る薬売り「定斎屋(じょうさいや;
でもジョサイヤと発音している)」、ラオ屋(キセルの間の部分
を取り替える)など、昭和初期までの長屋で聞けていた文化の
伝承を一途になさった方でした。 それはそれは素晴らしい
声とスピード感と間合い!機会があればぜひお聴きください♪
影山は銀座とジャズに出会う前に何年間か
「和田弘とマヒナスターズ」に在籍していましたが、
昭和のムード歌謡コーラス・グループとして売れた
このグループで全国を巡り、数々のコンサートやディナー・
ショウに出演の際に、専属司会者として帯同されていたのが
宮田さんでした。 根っからの下町っ子でいつもご機嫌な
お喋りで場を和ませ、「ヒとシが言えねんだよ」と顔を
しかめて笑いを取っていても、それを誰かにからかわれると
「tやんでい!この野郎!」とキレちゃう。😳そりゃそう
ですよね😅 ちなみに「てやんでい!」ではなくて
「tやんでい!」と、アタマの子音しか聞こえない
のが江戸弁のスピード感です。
ゴルフの腕前はオジサンたちの中では抜けていたこと。
無類の蕎麦好き,お酒はダメでしたが、長野方面の仕事の
ついでにみんなでスキーに行った時に、好物の
アイスクリームにブランデーをちょっと垂らしたのを
「こりゃイケるね!」と喜んで赤くなっていたこと。
お客様の前での喋りは威勢がいいけれど、楽屋での
お話の時には本当に優しい笑顔だったこと。
奥様は同じく生粋の江戸っ子で奇術師の松旭斎小天華さん
でしたが、数年前に宮田さんが亡くなった半年後に、
一回りも年下の小天華さんも亡くなっていたことを知り、
気っ風の良い仲良しご夫婦の面影も含めて、数十年前の
記憶が懐かしく蘇りました。