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通と粋

「ジャズは素人ですから」「曲も知らないし」etcetc….

尻込みする方。「今度はいろいろ勉強して来ます」と

意気込む方。

 何年か前にも書いたことがありますが、『期待される

オーディエンス像』というのは、できれば勉強などせず、

先入観を持たずに現場の音に身をゆだね、

「良くわからないけどなんかいい気分」で帰って

くださる・・・これに尽きると思うのです。

 もちろん、若い時から好きで好きでたくさんのコレクションを

持ち、いろんな演奏の履歴にも詳しい方が、それについて

専門家と話したい、というのも分からなくはありませんが。

 色々なことを勉強して覚えれば、誰でもそのことの

「通」にはなれます。ただし、それを鼻高々と、あるいは

一所懸命他の人に(ある時は専門家に)話す、というのは

「無粋=野暮」と申します。

「おっ❗️そういうことを知ってるなんて、通だね❗️

というのも確かに一つの褒め言葉ですが、褒めてくれる人は

多くの場合その人よりも良く知っている、あるいはわかって

いるわけです。いわば、生徒が先生に褒められる、という

レベルでの話。

「粋」な人というのは基本的に大人ですから、他人の

褒め言葉など期待もしないし意に介していません。

これも気づく人だけが気づいて

「あの人、粋だな~~~」と思うだけ。

では、どうすれば「粋」になれるか?

残念なことに「粋」というのは、その人の持っている

感性の領域なので、勉強しても精進しても、なれない

ものはなれません。

 銀座というところは、もともと通やら粋人が集い、

良くも悪くも(感じ良くも悪くも)行き着いたところの

会話や情景を経験できる場だったのだと思います。

 通りの風景が変わっても、老舗がひっそり消えて行ったり、

また、裏切られるような内容になっているとしても・・・

たくさんの通人粋人が残した息吹みたいなものを

まだ感じることができて、それが銀座を大切に思うよすがにも

なっている気がします。 徒然。